現代人にとって、質の高い睡眠は心身の健康を維持するために欠かせません。忙しい日常生活の中で、寝つきが悪い、夜中に目が覚める、熟睡感が得られないなどの悩みを抱える人は多く、こうした睡眠の悩みに対して、薬に頼らずにできるセルフケアとして注目されているのが「入浴」です。入浴は単に体を清潔に保つだけでなく、リラックスや体温調整を通じて睡眠の質に大きな影響を与えることが知られています。

日本では浴槽でお湯につかる「浴槽浴(湯船入浴)」が一般的ですが、ご存じの通り近年では「サウナ浴」も注目を集めています。サウナは銭湯でも設置するところが増えており、疲労回復やメンタルヘルスの改善、さらには睡眠の質の向上に寄与するという声が多く聞かれます。そこで今回は、浴槽浴とサウナ浴がそれぞれ睡眠に与える影響について、近年の研究をもとに比較・考察し、どちらがより高い効果を持つのかを検討してみることにしました。

まず、浴槽浴の効果について見てみましょう。熱いお湯に肩までつかる入浴は、全身の血行を促進し、心身をリラックスさせる働きがあります。入浴によって深部体温が一時的に上昇し、その後の緩やかな低下によって自然な眠気を誘導することは、以前このコラム( 銭湯で元気!⑬ )で紹介しました。特に、就寝の1〜2時間前に40℃前後のお湯に10〜15分程度つかることによって、寝つきがよくなり、睡眠の質が向上するといわれています。

たとえば、2015年に発表された「シャワー浴からバスタブ浴への行動変容が睡眠と作業効率に及ぼす効果について」という研究(熊本大学と株式会社バスクリンの共同研究)では、普段シャワー浴しかしない健常な学生18名を被験者として実験したところ、「シャワー浴からバスタブ(浴槽)浴へ入浴スタイルを変えることによって睡眠の質が良好となり疲労回復がなされた」ことが分かりました。
「シャワー浴からバスタブ浴への行動変容が睡眠と作業効率に及ぼす効果について」(日本温泉気候物理医学会雑誌)

また、2007~2008年に山口大学で行われた入浴と睡眠のタイミングの研究では、睡眠30分前の10分間の入浴、睡眠1時間前の10分間の入浴、睡眠2時間前の10分間の入浴を比較したところ、深い眠りが認められたのは就寝2時間前の入浴、同様に中途覚醒が起きなかったのも、就寝2時間前の入浴であることが分かりました。結論として「就寝2時間前の入浴で良好な睡眠傾向であった」としています。
19592445 研究成果報告書「入浴のタイミングが睡眠に及ぼす影響の評価」

『銭湯検定公式テキスト②』(日本銭湯文化協会・早坂信哉理事監修)にも、「夕方から夜にかけて入浴する習慣はよい睡眠に導く効果があります。40℃のお湯にのべ20分程度つかるのが理想です。(中略)少なくとも入浴後90分は皮膚からの熱放散の時間にあてることが必要です」と書かれており、「午後6時に夕食をとり、8時くらいにくつろいで銭湯に入浴、そして11時に就寝」が勧められています。

夕方から夜にかけて入浴すると、よい睡眠が得られる

 

では、サウナ浴と睡眠の関係についてはどんな研究がされているでしょうか。やはりサウナの研究はヨーロッパに多いようで、その一例として2022年の研究を紹介しましょう。これはスウェーデン最北端の2つの郡に住む25~74歳の971人にアンケートしたものです(このうち月に1回以上サウナ浴を行っている人は641人)。その結果、月に1回以上サウナを利用する人々は、サウナを利用しない人に比べて「睡眠パターンの満足度が向上し、全身と精神の健康状態が改善された」と報告されています。ただ、月に1回以上サウナ浴を行っている人々はサウナを利用しない人より若く、不安や睡眠障害のある人も少なかったため「この研究には限界がある」とも記しています。
スウェーデン北部のサウナ入浴:MONICA研究2022の結果 – PMC

もう一つ、2022年にチェコのマサリク大学で発表された「Acute Effects of Sauna Bathing on Sleep Quality」(サウナ浴直後の効果が睡眠の質に与える影響)という論文には、大学生を対象に2週間にわたって行われたサウナ浴(フィンランド式サウナや塩サウナなど5種類のサウナに、午後6~9時の間に10分以上入ってもらい、休憩時間や冷却方法は自由、とした)後のアンケートにより、睡眠の分析結果が示されています。アンケートは「ウェルネス質問票(2010年に設計された睡眠評価の質問票)」および「ピッツバーグ睡眠の質指数(世界で広く使われている睡眠障害の程度を評価するためのスケール)」を用いました。それによると、サウナ利用によって入眠までの時間が短縮され、深い睡眠の割合が有意に増加したということです。サウナ浴は急激な温度変化の環境下で、交感神経の活性化の後、反動的に副交感神経が優位になる現象を引き起こすため、入眠時のリラックス状態を促すのだろう、とその根拠を推察しています。この研究は、サウナ浴が不眠症や睡眠障害を持つ人の代替療法となり得る可能性を示唆しており、医薬品を使わない健康的なアプローチとして期待されています。
Acute effect of sauna bathing on sleep quality

サウナの利用が眠りの質を向上させる可能性がある

 

今回ご紹介したヨーロッパの研究は、いずれもアンケートを集計分析するという方法で行われました。したがって、被験者の生理状態を観察する熊本大学や山口大学の研究と同じ土俵で比較したり、評価することはできません。ただ、日本でも活動量計や脳波測定によってサウナ浴を行った後の睡眠状態を測定した検証発表(プレスリリースのみで論文は見つかっていません)がありました。2022年に株式会社ブレインスリープ、株式会社共立メンテナンス、東日本電信電話株式会社、株式会社100plus(代表:日本サウナ学会 加藤容嵩代表理事)などが共同して行ったものです。

この検証は「20~60歳代の9名を対象に、入浴(浴槽浴)のみと入浴+サウナ浴を行った後の睡眠状態を測定・比較」したものです。浴槽浴やサウナ浴の条件についての記述がないので、実験プロセスがはっきりしませんが、結果として「入浴+サウナ浴」のほうが、「寝つき・目覚めの良さを示す睡眠潜時・離床潜時が有意に改善」「最も重要な眠り始めの90分(睡眠第1周期)における熟睡時間や熟睡度が向上傾向」「リラックス、疲労感の軽減、目覚めのすっきり感、起床後の活力を実感(有意差あり)」とされています。貴重な報告ですが、「浴槽浴」と「サウナ浴」を比較する実験でなかったことが、このコラムを書くにあたって悔やまれます。
サウナ浴で熟睡時間や熟睡度が向上傾向!

では結局、浴槽浴とサウナ浴、どちらがより睡眠の質を改善するのでしょうか。同じ条件で浴槽浴とサウナ浴を比較したわけではないので、両者の優劣を決めることはできません。しかし、浴槽浴とサウナ浴いずれの研究結果も、睡眠の質にいい影響を及ぼしていることが分かります。温熱作用による体温調整、あるいは自律神経のバランスへの影響を通じて入眠を促進すると考えているようです。

ところで、今回ご紹介した論文には表れていませんが、サウナ浴と浴槽浴には次のような違いがあります。日本人にとって浴槽浴は毎日の生活に取り入れやすく、習慣化しやすいのが特徴です。特に高齢者や体力のない人にとっては、手軽に実践できる点が浴槽浴の大きなメリットでしょう。実際、浴槽浴の効果を認める研究は日本を中心に数多くあり、その安全性と実用性は高い評価を受けています。

一方、サウナ浴はより短時間で強い生理的刺激を与えることができ、ストレス解消や精神的リフレッシュの効果が高い入浴法といえます。日常的にサウナを利用できる環境が整っていれば、より深い睡眠を得られる可能性もあるでしょう。ただし、高温の環境や冷水浴が心臓に負担をかける場合があるため、持病のある人や高齢者には慎重な利用が求められます。

浴槽浴とサウナ浴はいずれも、適切に取り入れることで睡眠の質の向上に寄与する有力な方法と言えるでしょう。入浴による体温変化とリラックス効果はいずれも共通しており、それぞれのライフスタイルや体調に応じて選択することが重要でしょう。銭湯浴を含めて、毎日のルーティンとして気軽に実践できる浴槽浴は、継続的な睡眠改善に向いています。一方で、週に数回のサウナ浴も心身のリセット効果が高く、特にストレスの強い日や深いリラックスを求める場面で有効だといえるでしょう。最終的にどちらがより効果的かは、個人の体質や好みにもよりますが、いずれにしても、就寝数時間前の入浴習慣が良質な睡眠への近道であることは確かです。自分の生活に合ったスタイルで賢く入浴を活用していきましょう。


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